2011年11月24日木曜日

豊川稲荷秋季大祭

神輿


恥ずかしながら、私、今日の今日まで、豊川稲荷が寺院であるとを知りませんでした(-_-;)
「お稲荷さん」と呼ばれるところは、狐を祀った神社だと勝手に思い込んでいたのです。

豊川稲荷の正式名は「圓福山 豊川閣 妙巖寺」、歴史ある曹洞宗のお寺でした。




大提灯


家に戻ってから、調べてみたのですが、妙巖寺は「ダキニ真天」という仏教の守護神がお祀りされているお寺で、「ダキニ真天」は稲穂を荷い、白い狐に跨っておられたとか。
だから、「稲荷」で、「狐」なのかぁ(ー_ー)
キツネをお祀りした稲荷神社とは、違うのね。


妙巖寺本殿



しかし、知らぬ事とはいえ、神社だと思い込んでいた私は、あろうことか柏手を打って、お参りをしてしまいました。
アレ?まわりの反応が少々おかしい(?_?)
すると、隣に立っていたおじさんが「ここは、神社じゃないよ」って教えてくださいました。
え~!ウソ!だって、鳥居もあったし・・・。





なんともバツが悪くて、そのおじさんに謝ってみましたが、謝られたおじさんも困った顔して、「別に謝らなくても・・・みんな勘違いするし・・」と、言葉を濁して逃げて行ってしまいました。
あぁ、恥ずかし~い(~_~;)
いい歳して、自分の無知さに、あきれました。



さて、気をとりなおして。
今日は、その豊川稲荷の秋季大祭です。
「鎮座祭」とも呼ばれるこの祭りは、「豊年万作」を祈祷するお祭だそうです。
境内には、高さ10m直径5メートルの一対の大提灯が掲げられ、お参りに訪れた人たちを迎え入れます。



いなり寿司

また、豊楽殿では、箏や和太鼓の演奏なども行われ、お祭り気分を盛り上げます。
特産品のお店や露店も建ち並び、境内は多くの人達で賑わっていました。
いなり寿司の販売所には、人気店のいなり寿司が何種類も並んでいて、どれにしようか迷ってしまいました。
どれも美味しそうで悩んでいたら、「1個だと350円だけど、3個で1,000円だよ」と言われて、つい、3個も買ってしまいました。
ひとりで全部食べられるのか?って?

白狐

大丈夫です。
まずは、お昼に休憩所で1個食べ、家に帰って晩御飯に1個食べ、残りの1個は、明日のお弁当(*^^)v
境内では、無料の接待もあって、私は、甘酒とみたらし団子を頂きました。
有り難いことです、感謝(^o^)

まずは、境内をぐるり一周散策しました。
神輿渡御が始まるまで時間があったので、一旦、豊川稲荷を出て参道の商店街もぶらぶらしてみました。
この日は、商店街も「いなり楽市」と題されたイベントが行われていて、大変な賑わいです。


神輿渡御

参道は短いですが、お土産屋さんや飲食店が建ち並んでおり、活気があります。
金魚すくいの露店があったり、大道芸が行われていたり、賑やかでしたよ。
「いっぷく亭」で、いっぷくして、お店の方とおしゃべりをしていたら、そろそろ神輿渡御の時間となったので、豊川稲荷に戻ってスタンバイ。

いよいよ、神輿渡御が始まりました。
昨日、本殿から鎮守堂に渡御された神輿が、きょうは、また本殿に戻されるのですが、その距離は、200メートルくらいです。
神輿行列は、裃姿の信徒代表からはじまり、、稚児、僧侶、雅楽士、白狐の面を付けた人が二人、神輿という順番で、目の前を通り過ぎていきました。
しかし、とても短い距離なので、あっという間に終わりました。
狐塚


神輿は「わっしょい、わっしょい」と賑やかでは、ありましたが、あまりのあっけなさに、ちょっとがっかり。
もっと迫力ある神輿を期待していたのだけどなぁ(゜.゜)
正直、「祭り」はハズレでしたが、たまにはハズレもあるもんです。
恥もかいたけど、豊川稲荷が神社ではなく、寺院だったことも分かって、勉強になったんだから、まあ、いいか。
自分に、そう言い聞かせ、いなり寿司を抱えて帰りました。
ちなみに、いなり寿司は美味しかったですよ。



しかし、妙巖寺は、りっぱな古刹であり、必見の価値があるりっぱな、お寺でした。
「寺宝館」には、妙巖寺の歴史資料や絵画、軸、刀や輿なども展示されており、観ておいて損はありません。
それと、狐塚は、なかなか見る事の出来ない光景で、面白いですよ。

ところで、みなさん豊川稲荷が、寺院だったって知ってました?

2011年11月21日月曜日

小原の四季桜

小原の四季桜

雨上がりの日曜日、お花見に出かけました。
お花見?今ごろ?紅葉狩りじゃなくて?
って、思うのが当然ですよね。
でもね、本当にお花見に行ったのです!

どうです?綺麗な桜でしょう。
豊田市小原町の四季桜ですよ。
秋なのに、なんで桜が咲いているのかって?

小原の四季桜は、マメザクラとエドヒガンという桜の交配種で、春と秋の2回咲くのだそうです。


四季桜


でも、春は、花と同時に葉もでてくるので、花が目立ないうえ花数も少なく、あまり見映えがしないのですって。
だから、小原の四季桜は、秋に愛でる桜って訳です。

淡い紅色で、5弁の花びらの小さくて可憐な四季桜。
春に咲くソメイヨシノのような華やぎはないけれど、静かな山里によく似合う桜です。

川見四季桜の里


残念ながら、前日の風雨で花が散ってしまい、見ごろを少し逃がしてしまいましたが、満開ばかりが花見どきでもないと思うのですよ。
小さな花びらがハラハラと散る様もまた、侘びた風情があっていいものです。
とは、言ってもやっぱり、満開の桜が見てみたかったなぁ(>_<)
なかでも、「川見四季桜の里」には、1,200株もの桜があり、満開時には、山全体が淡紅色に染まるそうです。


和紙のふるさと駐車場横の四季桜

あと2日ほど早ければ、満開の桜が見られたのに・・・(-_-;)
残念ながら、私の見た山は、鮮やかな淡紅色の時期は過ぎ、幹が目立ち始めたので、薄墨がかった淡紅色になっていました。

でも、場所によっては、今、まさに満開のという桜も見ることができましたよ。
 「和紙のふるさと」の駐車場横の公園入口に満開の桜が、3本並んでいました。
綺麗でしたよ(^O^)
桜と紅葉


この時期に、満開の桜が見られるなんて、なんか得した感じで、いい気分。
嬉しくなって、公園の奥まで散策しようと思ったのですが、「ヒグマに注意」の看板を見て断念しました。

ところで、写真はいっぱい撮ってきたんですけど、上の写真だけ見たら、到底、秋だとは信じてもらえないですよね。
どう見ても、早春って感じかな。
そこで、左が証拠写真。


紅葉


手前に、紅く染まったモミジが見えるでしょ、後ろの山も少し紅葉しているのが分かりますか?

古来から、日本人は「お花見」や「紅葉狩り」といったような季節を愉しむ行事が好きですよね。
春は、満開の桜の下で酒を酌み交わし、秋には、紅や黄に染まった錦秋の山々を眺めて、移ろう季節に親しんできました。
しかし、そういった季節に対する概念も、この風景を見たら吹っ飛んでしまいます。

だって、こんなふうに「お花見」と「紅葉狩り」が同時にできてしまうなんて、やっぱり不思議な感じですよ。
変な言い方だけど、不自然な、自然???

言わば、春と秋が同居してるのですから、変な感じがして当たり前なのかもしれませんね。
はじめは、めずらしい風景に、はしゃいでいた私なんですけど、カメラ越しの切り取られた風景だけ見ていたら、春なんだか秋なんだか訳が解からなくなってしまいました。


でも、間違いなく秋でした!
子持ち鮎の炭火焼きときのこ御飯で、秋の味覚を満喫した私は、「やっぱ秋だわ」と納得して帰途についたのでした(~_~;)


2011年11月15日火曜日

窯垣の小径(かまがきのこみち)

男子便所


いきなり、便所の写真から始まる話もどうかと思いますが、「窯垣の小径」資料館で出会ったこの便所に、私はいたく感激したのであります。
どうです?この便器の美しいこと!
たとえ便器であろうとも、ひと筆ひと筆丁寧に描かれた美しい文様に職人魂を感じませんか?
これぞ、日本人の美意識の高さを語るにふさわしいものではありませんか!
世界中の人が日本のトイレにあこがれる昨今、機能ばかりがもてはやされていますが、この美しい便器を見たら、自動で開閉する蓋や暖かい便座が、そんなに重要なことではないように思えてきませんか?
もちろん、その素晴らしい機能に、お世話になってはいるのですが・・・(-_-;)
和式便所


昔、母などはトイレのことを「御不浄(ごふじょう)」と言っていました。
「不浄」な場所に「御」をつけて「御不浄」言う、ただの丁寧語ではなくて、本来トイレは神聖な場所であるべきなんです。
「トイレの神様」は、いつも便器を綺麗に磨いていれば、美人にしてくれるのですよね。
こんな美しい便器が家にあれば誰だって、いつもピッカピカに磨きたくなって、そうとうな美人が増えたはず?ではないかしら(^_^;)
トイレ先進国の日本では、なるべくトイレ掃除をしなくてよい便器を開発しているようですが、それでは日本人女性はブスばかりになってしまいますよ。
機能ばかりを追求するのではなく、ここいらで一旦立ち戻って、便器の様式美も再考してみてはいかがでしょうかね、TOTOさん?INAXさん?


浴室
トイレの話ばかりで恐縮ではありますが、まだ語らせて頂きます。
染付の便器を見るのは、今回が初めてではありませんが、便器という部品ではなく、便所という完全な形で見せて頂いたのは初めてでした。
これこそが「用の美」なんだなぁ、使うからこその美(現在は使われておりませんが)がある訳です。
いくら便器だけが美しくとも、物が物だけに、便器のみ観賞しても意味はありません。
先人達の生活における美意識の高さやこだわりが、便所という場所にまで及んでいたことに、私は、ただ感服するばかりなのです。



浴室タイル

この資料館の便所は、便器のみならず、床や壁に使われているタイルが、これまた素晴らしいのです。
浴室のタイルもそうなのですが、これらのタイルは「本業タイル」と呼ばれ、日本における西洋建築の黎明期を支えた重要な建材でもあったのです。
現在タイルといえば、そのほとんどが磁器製でありますが「本業タイル」は、陶器製です。


窯垣の小径


元来、瀬戸は良質の陶土の産地であったため、陶器で栄えた町です。
その良質な陶土の表面を磁器の土で覆い、その頃発明された「銅版転写」技術により、異国風の図柄のタイルが大量生産されるようになったのです。
しかし、昭和に入ると磁器製タイルの台頭により、「本業タイル」は衰退していったそうです。
だから陶器製タイルは、今では見られない貴重なタイルでもあるのです。


エンゴロの土留め

「本業」とは、もともとの仕事という意味で、つまり、陶器のことを示し、それに対して磁器は「新製」と呼ばれるようになったそうです。
これは、やきものに関してのウンチクには自信があった私でも、初めて知る情報でした。

さて、順番がおかしくはなりましたが、トイレとタイルの話はこれくらいにして、今回のぶらぶら散歩は、瀬戸市の「窯垣の小径」です。
「窯垣の小径」とは、その名のとおり「窯垣」と呼ばれる窯道具の廃材で造られた塀や壁、あるいは土留めの続く細道です。
ツクとエブタの土留め


起伏が激しいうえに、くねくねと曲がりくねっているため、とても歩きやすい道とは言えませんが、陶器の町の風情が色濃く残る地域です。
このあたりは瀬戸市のなかでも、古くからの「やきもの」の主力生産地であり、当時は山の斜面にいくつもの登り窯があったそうです。
窯道具とは、その登り窯などで「製品」を焼く際に使われた道具のことです。


えぶた坂
焼成する際、「製品」に他の釉薬が付かないように囲ったり、「製品」に直接強い炎があたらぬよう囲うために使われたエンゴロや、窯の中に効率よく、たくさん「製品」を詰め込むために使われた、ツク(柱)やエブタ(棚板)などのことを総称して窯道具といいます。
窯道具は、何度も繰り返し使用されたため、固く焼き締められ石にも劣らぬ強度があります。
また、幾度も灰釉を被り微妙な色合いに変化した窯道具は、作為的ではない独特の美しさも備えています。
不要になった窯道具を規則正しく、あるいは一見、無秩序に見えていても工夫されて組まれた塀や壁は、デザイン性よりも素朴さがを感じられ、独特の風情を醸しだしていました。

なんだかトイレの話ばかりで、「窯垣の小径」については、ほんの付け足しみたいになってしまいましたが、瀬戸あるいは「やきもの」を知るうえには、貴重な遺産が残っている地域です。
みなさんも、「窯垣の小径」を歩く機会があったら、資料館の便器をぜひ見てきてください。(まだ言うか(^^)/)




2011年11月11日金曜日

イルミネーション

光の雲海

11月になると、夜の繁華街がイルミネーションで華やぎます。
と、知った風な事を言ってみましたが、私は繁華街が苦手で、夜はおろか昼間もめったに出かけることはありませんけど(-_-;)

近頃は、住宅街でも競うように華々しいイルミネーションを飾りつけた家も多いですよね。
実を言うと、私はクリスマスのイルミネーションがあまり好きではありません。



水上イルミネーション



ゴテゴテと、イルミネーションで飾りつけている家を見ても、馬鹿馬鹿しいとしか感じられなくて、「何が楽しいんだか」と嘯いている嫌な奴なんです(-_-;)
まあ、自分の中に幸せそうな家庭への「妬み」みたいなものがあるのは、否めませんけど・・・(;一_一)

光の回廊


まあ、それはそれとして、街路樹などのイルミネーションを見れば「ああ、年末なんだなぁ」って感じます。
そんな小さな日常で、季節を感じるのもいいけれど、昨日はでっかいイルミネーションを見てきましたよ。
友人に誘われて、「なばなの里」のウインターイルミネーションを見てきたのです。




私は、今回初めて見たのですが、とても美しいものなんですね。
本当はね、少し馬鹿にしていたんですけど、驚きましたよ(@_@;)
Oh,fantastic!

「なばなの里」のウインターイルミネーションは、今年で8回目だそうです。
毎年楽しみにしている方がたくさんいるのだと、ウワサには聞いていましたが納得しました(^_^;) 確かに、綺麗です。

園内は、平日にもかかわらず若いカップル、家族連れ、老夫婦でいっぱいでした。
世界中で、天変地異が起きていようとも、ここは別世界、みーんな幸せそうに見えます。
こんな「平和ボケ」していていいのか?って気もしましたが、光には人の心をなごませる力があるんですね。

「希望の光」とか「救いの光」とか言葉があるように、考えてみたら「光」の前に付く形容詞に、否定的なものはありませんよね。
こんな私でも、地震や津波で被害に遭われた方達に「この美しい光を見せてあげられたら、どんなにいいだろう」と祈りたい気持ちになりました。
やっぱり、光は希望であり、祈りでもあるとつくづく感じましたよ(=_=)
さて、「冬華の競演(トウカのキョウエン)」と題されたイルミネーションですが、園内のあらゆる場所にそれぞれテーマを持ったエリアがあります。
まずは、一面ブルーのLEDが輝く「光の雲海」というテーマの場所が見えてきます。
いくつものアーチがあり、なんだかメルヘンチックで、私には少々、似合わないエリアなので横目で見つつ通り過ぎ、「ツインツリー」や「水上イルミネーション」を眺めながら歩いて行きます。
ながーい「光の回廊」は、ゴールドに輝く白熱電球が使われ、温かみのある光で演出されています。
まるで、別世界への入り口、タイムトンネルのようでもあるし、人生のステージのようでもあります。



一番の見どころは、8,000坪の敷地に繰り広げられる「日本の四季」と題されたイルミネーション。
移りゆく季節を、一本の桜の木をメインに据え、イルミネーションによって変化していく様子を表現していているのですが、音楽も含め、なかなかの演出で感動ものでした。
帰り道は、「虹」と題された白っぽい中に7色に変化するLEDのトンネルをぬけていきます。
鏡池



やっぱり、光は、いいものですね。
なんだか、ほっこりした気持になりましたよ(^O^)

もうひとつ、最後に美しい光景に出合いました。
「鏡池」と題された場所。
池に映し出された紅葉がとても幻想的で、思わず「秋だなぁ」って、つぶやいてしまいますよ、きっと。


私は「なばなの里」のまわし者じゃないですけど、みなさんも一度訪れてみたらいかがですか?
ストレスを抱えてる人も、ちょっぴり、しあわせになれますよ。
ただし、ものすごく混んでますけど・・・。

2011年11月6日日曜日

遠州 森のまつり

慶雲社(向天方)


森のまつりは、凄い。
何が凄いって、とにかく凄いのです。
地元が熱い、やたら熱いのです。

静岡県周智郡森町は、人口2万人あまりの田舎町。
ふだんは静かであろうその町が、祭りで湧き上がっていました。

町内は、ヨチヨチ歩きの子供から老人まで、男女を問わず法被姿の人達だらけ、洋服姿の観光客は、まばらで、町民全員が集まっているのかと思えるほどの人出です。

藤雲社(栄町)




若者は、法被姿で風を切り、若い女性も、きりりと髪を高く盛上げ、ねじり鉢巻のいなせな法被姿。
町のあちこちに詰所があり、どこもかしこも、おじさん達の大宴会。
観光客など、まったく意に介さずの地元密着型の祭りに、ただただ驚きましたよ。

午後1時ごろ、祭囃子と歓声の渦巻く中、三嶋神社に屋台(遠州地方では山車と呼ばず、屋台と言います)が集まってきました。
森町の屋台は、とてもめずらしい二輪の屋台です。
簡単に説明するとリヤカー型なんですけど、それでは失礼なので、平安時代の牛車のような型と形容すべきですね。
森町の屋台の数は、全部で14台。
高さは4m弱で、車輪の直径が1.5~2m、どの屋台も美しい彫刻が施されています。


谷本社(城下)


屋台だけを評価すると、いままで見てきた祭りの山車の中では、小振りで簡素ではありますが、形がめずらしい事や小振りで二輪であるため、激しい動きが可能で迫力は満点です。
屋台は「てこ」のように上下しながらも、左右に振り、曳き回すというスピード感のある動きをします。
2時近くになると、今度は、金森神社に向かって神輿渡御が始まります。

神輿渡御


時代衣装を着た人達を先頭に、神輿が静かに運ばれて行きます。
そのあとに、14台の屋台が続き、町内を練りながら賑やかに巡行していきます。
「お祭り騒ぎ」とは、こういうことなんだと納得出来るほど、みんなひどく酔っ払っているので、時々ハチャメチャな動きになりますが、そこがまた、迫力なんでしょうかね(゜.゜)
とにかく、非常に盛り上がっているのは、いいのですがね、観光客は、ただ唖然とするばかりでついていけないのですよ、この祭りは。

明開社(明治町)


飲食店や商店など、まったく観光客など目当てになどしていません。
町民の詰所や祭り本部はあちこちにあるのに、観光客には、休憩所はおろか腰をおろす場所すらないのです。
食事をしたくても、飲食店は休みか、祭り関係者の貸切で営業はしていません。
露店はいっぱい出ていても、腰をおろして食べる場所もありません。
歩き疲れ、休みたくても喫茶店ひとつ営業していないのです。
つまり、観光客は一切無視。
北街社(新町)




これには、少々あきれたというか、困りました(ーー゛)

近頃は、町おこしイベントなど多い中、この町は、町おこしなどまったく念頭にないようです。
地域の特産品やおみやげを売っている場所も、ひとつもありませんでした。
はじめは、「なんと不親切な町なんだろう」と、あきれたし、少々苛立ちましたが、ここまで無視されると逆に気持ちよいような気もしてきました(ー_ー)!!


湧水社(南町)

元々、自分達の祭りなのだから、観光客などに媚びる必要なんてないんですよ。
徹底的に部外者排除のこの姿勢、半端なとこがなくて、なまじ潔いではないですか!

私は、浜松市の生まれです。
7歳のころまでしか住んでいなかったので、浜松市のこともあまり憶えていませんが、天竜川を挟んだ隣町である森町のことを、全く知りませんでした。

凱生社(天宮)


たまたま、ネットで「森のまつり」のことを知り、今回は浜松市にある両親の墓参りのついでに足をのばして、森町へやって来たのです。
忘れていましたが、考えてみたら私も遠州っ子の端くれなのです。

そう思ったら、他人に媚びないこと、仲間は大切にしても他人を容易に受け容れないところ、遠州っ子気質かもしれません。
なんとなくわかるような気がしてきました。



「森のまつり」は地元の祭り、観光客なんてクソ食らえ!カッコイイぞ!
そんな祭りが、いつまでも続きますように(^O^)

2011年10月30日日曜日

うだつの町へ


うだつの町並み

以前から、訪れてみたい町がありましました。
卯建(うだつ)の町、美濃市です。
うだつのある町並みは、徳島県や長野県、また京都などにも残っているそうですが、美濃市もまた、江戸時代の商人の町の面影が色濃く残る町並みでした。

「うだつ」とは、簡単に説明すると、隣家との境いめの1階屋根と2階屋根の間に張り出すように設けられてた防火壁や屋根の両端を一段高くして火災の類焼を防ぐために造られた防火壁のことです。
うだつ




この地方は高台に位置し、水の便が悪く、度々の火災に遭ったため、隣家への類焼を防ぐため「うだつ」を設ける家々が多くなったそうです。
やがて、美濃和紙で栄えた商家やいろいろな商売を営む商家が軒を連ねるようになると「うだつ」は、建築においての意匠となり、装飾的ものが増えていきました。






次第に、「うだつ」は財力を誇る手段となり、豪商達は競って立派な「うだつ」を設けていったそうです。
裕福な家しか「うだつ」を設けることができなかったため、一般庶民の願いは「うだつ」のある家を持つこと、それが語源となった言葉が、「うだつが上がらない」だそうですよ。
むくり屋根の小坂邸




私も、いっこうに「うだつの上がらない」人生ですが、なんとか食べてはいけているので、良しとします。

さて、「うだつ」の説明は、これくらいにして、町並みの話をしましょう。
印象的だったのは、重要文化財でもある造り酒屋の小坂邸です。
外観的には、美しいむくり屋根が素晴らしく目をひくのですが、屋内の奥行の深さにも驚きです。
奥へと続く小坂邸



現在も、普通に生活や商売をされているので、すべて公開されているわけではありませんが、店舗先から中程までは、見せて頂けます。
しかし、そこから奥が、いったいどれだけ続いているのだろうと思うほどの奥行です。
造り酒屋さんですから、きっと奥のほうに醸造所や酒蔵などがあるのでしょうが、あれほど奥行のある家は見たこともありません、もう、びっくりです。



水琴窟のある旧今井邸中庭



資料館となって公開されている旧今井家邸は、家具や調度をそのままに残し、当時の商家の面影を再現した建物になっています。
母屋のほかに、離れや土蔵もある大きな邸宅で、中庭には大きな燈籠や水琴窟があり、一流商人の趣味の高さと、町人文化深さを知ることができます。


屋根神様



なまこ壁の土蔵
うだつの町には、そのほかにも、屋根神様が祀られている家があったり、なまこ壁の土蔵があったり、見応え充分です。





歴史的景観を守りながら、普通に暮らすのは、難しいことだと思います。
しかし、うだつの町並みは、とても自然に息づいていました。
町並みは古くても、ほとんどの家がまったく普通の生活を営んでいます。

観光施設がまったくないわけでもありませんが、お土産やさんやカフェが建ち並ぶ観光地とは違った静かな佇まいが、この町の気高さであるような感想を持ちました。

2011年10月24日月曜日

秋の犬山城まつり 山車揃え

山車揃え
小雨の土曜日、私は朝から天気が気になって、ベランダに出たり入ったり。
今日は、以前から愉しみに待っていた「秋の犬山城祭り」の日です。
どうしても見たかった「山車揃え」の日です。
でも、天気予報によると一日雨。
やっぱり中止だろうなと諦め、遅い朝食を食べながら撮り溜めしていた韓国ドラマを見ていたら、いつしか雨があがっていました。
ネットの情報では「小雨決行」とは書いてありましたが、「山車揃え」が決行されるのか、中止されるのか、家にいたのでは分かりません。
カバーをかけられた山車


たとえ、中止であったとしても、とりあえず行ってみよう!
そうと決めたらエンジン全開、大急ぎで家事を済ませ適当に化粧をして、30分後には高速道路を疾走していました。
行動力はあっても、計画性のない私ですから「行けばなんとかなる」と犬山城を目指しましたが、秋祭りが開催されていれば、交通規制で犬山市内に入って行くのは困難なはずです。
案の定、犬山市内は交通規制が敷かれていました。
しかし、交通規制が敷かれているということは、山車の巡行が行われているということでもあるので、嬉しくもなりました。
とにかく駐車場を探さなくてはと、規制地域の手前でうろうろしていたら、天気が悪かったせいか、案外簡単に駐車場を発見できました(^_^)/

提灯が取付けられていく山車

とりあえず、山車の集まっているはずの犬山城前広場に直行してみましたが、天候のせいで予定どおりに行事は進んでおらず、午後2時くらいには、全部の山車が到着するであろうとの事。
せっかく来たんだから、何時間でも待ちましょうと腰を据えて待っていると、1時を少し過ぎた頃から待望の山車が広場に入ってきました。
しかし、残念な事に、どの山車もレインコートを纏っているではないですか。
こんな天気だから仕方がないのかなぁ(*_*)
しかし、高さ8メートルの山車が、次々と広場入口で力強く方向転換をして入って来る姿は、レインコートは着ていても、迫力満点。
さすがに山車が12両揃うと、それはそれはりっぱなものです。
素晴らしいのひとことでは、語れないくらいの感動ですよ。
小雨も止んで、山車のカバーも外されていきました。

三層からなる山車の上山(上段)に「からくり」があるのが犬山の山車(やま)の特徴です。
中山(中段)に「からくり」を操る人が入りますが、操る姿が見えないように美しい刺繍幕が下がっています。
そして、(下山)下段には、小太鼓を叩く子供達のお囃子が入ります。
その姿はとても優雅で美しく、うっとり眺めていたら、また、小雨が・・・。
せっかく外されたビニールカバーが、また掛けれ、がっかり(>_<)
予定では、「からくり」の実演披露が始まるはずなのですが、この天気です。
何度も協議が繰り返され、結局、一部の山車だけの「からくり」披露となりました。
実のところ「からくり」は、高くて遠いので、よく見えずに終わりました。

夜山車
小雨は降ったり止んだりで、私が一番見たかった夜山車(よやま)まで天候がもつのか心配でしたが、夜山車決行のアナウスが流れ、ひと安心。
それぞれの山車に提灯が取り付けられていくのをワクワクしながら見守りましたが、またしても雨が・・・。
また、屋根にカバーが掛けられ、なかには、一度取り付けた提灯を外す山車もあります。
ええぇ・・・なんで・・・ここまで待ってたのにぃ・・・(゜o゜)




すると、こんな声が聞こえてきました。
「提灯1個二千円するんだよ。濡れてダメにしてしまうと町持ちなんで、お金が掛かるともめるからね」
ふふん、そうなのね。
でも、祭りなんだから、セコい事言わないでよ!って、関係ない私は思わずつぶやいたのした(-。-)
それぞれの山車に取り付けられた提灯の数は365個だそうです。
そりゃ、全部ダメになってしまったら大変だけど、ね。

「どんでん」車輪が持ち上がっている事に注目!

そうこうしている間に、雨は本降りになり、もう傘なしではいられません。
山車は、早々に町内に帰って行くこととなり、次々出発していきましたが、最後にしっかり「どんでん」を見せてくれました。
「どんでん」とは、大きな掛け声と共に、若衆が山車の前輪を担ぎあげ、そのまま一気に反転する力技です。
その迫力は、すっごいです。
これぞ、祭りの醍醐味ってやつですよ。

現在、犬山には全部で13両の山車があるそうですが、今回1両が修理中のため12両が勢揃いしました。
あいにくの天候ではありましたが、来て良かったと思える満足の一日でした。
そして、なんとしても、もう一度見てみたいと思える素晴らしい祭りでした。
次は、4月に犬山祭りがあるそうです。
絶対、また来るぞ!そう誓って、帰途についた私でした。